「英語ポスター1枚」で止まっていませんか
道の駅や直売所、観光施設でインバウンドのお客さまを見かける機会が増えました。ただ、多言語対応となると「開業時に英語の案内を1枚作ったきり」という施設が多いのではないでしょうか。翻訳会社に外注すると1文字あたり数円から数十円、しかも売場の掲示は季節や価格改定でしょっちゅう変わります。変わるたびに頼み直すのは現実的でなく、結果として古い掲示が貼りっぱなしになります。
AI翻訳を使えば、この「作って終わり」を「自分たちで更新し続けられる」に変えられます。大事なのはどの翻訳ツールを選ぶかではなく、どういう手順で使うかです。順番に見ていきます。
手順1: 翻訳する掲示物を棚卸しする(30分)
スマホを持って施設内を一周し、掲示物を片っ端から写真に撮ります。売場のPOP、営業時間の案内、トイレや駐車場の表示、体験メニューの説明、レジ周りの注意書き。撮った写真の一覧が、そのまま「翻訳対象リスト」になります。
優先順位は、お金と安全に関わるものから。価格表示、アレルギー表示、持ち帰り・返品の可否、立入禁止や火気厳禁の案内です。ここが伝わらないとトラブルに直結します。観光案内の読み物系は後回しで構いません。
手順2: 元の日本語を「翻訳されやすい日本語」に直す
実はこの工程が仕上がりの8割を決めます。日本の掲示文は主語が省かれ、遠回しな表現が多いため、そのままAIに渡すと訳文もあいまいになります。次の3点だけ意識して書き直してください。
- 一文を短くする(読点で長くつなげない)
- 主語と目的語をはっきり入れる
- 「〜できかねます」「〜のほうお願いします」などの婉曲表現をやめる
例えば「こちらの商品はお持ち帰りできかねます」は、「この商品は店内でお召し上がりください。持ち帰りはできません」に直してから翻訳します。翻訳ツールの性能を比べる前に、渡す日本語を整えるほうが効果が大きい、というのが現場で感じてきた実感です。
手順3: AIに翻訳させる(プロンプト全文)
ChatGPTやClaudeなどの対話型AIに、次のプロンプトをそのまま貼って使ってください。
あなたは観光施設専門の翻訳者です。以下の日本語の掲示文を、
英語・中国語(簡体字)・韓国語の3言語に翻訳してください。
条件:
- 観光客向けの掲示なので、長い敬語表現より短く明快な言い方を優先する
- 施設名・商品名などの固有名詞は訳さず、ローマ字表記のまま残す
- 金額は「1,000 JPY」の形式に統一する
- 各言語の訳文の下に、その訳文を日本語へ直訳した「逆翻訳」を付ける
翻訳する掲示文:
(ここに手順2で直した日本語を貼る)
ポイントは、逆翻訳まで一度に出させることです。英語・中国語・韓国語が読めなくても、逆翻訳された日本語が元の意図とズレていないかを見るだけで、訳文の品質をおおむね確認できます。
手順4: 逆翻訳がズレていたら、日本語側を直す
逆翻訳を読んで意味が変わっていたら、外国語の訳文を直接いじるのではなく、手順2の日本語に戻って直し、もう一度翻訳させます。外国語を自力で添削できる人は現場にほとんどいませんが、日本語を直すことなら誰でもできます。「日本語を直して再翻訳」のループにしておくと、担当者が変わっても同じ品質を保てます。
手順5: 掲示にして、更新の係を決める
WordやCanvaなどで「日本語+3言語」を1枚にまとめて印刷します。デザインに凝る必要はありません。そして必ず、「価格や内容を変えたら、多言語版も同じ日に直す」係を1人決めてください。多言語対応が続かない一番の原因は、翻訳の精度ではなく、更新が止まることです。
現場でよくある落とし穴
- 一度に全館やろうとして挫折する。まずは優先度の高い10枚だけで始める。
- 地域の産品名を無理に訳して意味不明になる。かぐら南蛮や笹団子のような固有名詞は、ローマ字+短い説明(例: Sasa-dango: rice cake wrapped in bamboo leaves)にするほうが伝わります。
- 文字だけで伝えようとする。禁止事項はピクトグラム(絵記号)を併用すると、言語に関係なく一目で伝わります。
明日やれる一歩
まずは手順1の前半だけで大丈夫です。スマホを持って売場を一周し、掲示物を10枚撮影してください。リストさえできれば、翻訳の作業自体はAIが手伝ってくれます。多言語対応は一気に仕上げる工事ではなく、10枚ずつ育てていく畑仕事に近いもの。最初の一周が、その畑の土起こしになります。